さいの木神社は、大阪市淀川区にある神変大菩薩(役小角)と三庄屋を祀る神社です。
水害に悩むこの地の西尾六右衛門ら3庄屋は、江戸時代初期に幕府の反対を押し切って中島大水道を掘削したものの、無断工事の責任をとって自決したため、さいの木神社に祀られたということです。
さいの木神社のアクセスと駐車場
さいの木神社は、大阪府大阪市淀川区西中島7-7にあります。
公共交通機関でアクセスする場合、JR新大阪駅で降りて徒歩2分です。
大阪メトロであれば西中島南方駅で降りて徒歩7分です。
マイカーやレンタカーの場合、阪神高速扇町出入口で降りて10分です。
境内は狭く駐車場はありませんので、付近の民間の有料駐車場(平日昼間40分200円程度)を利用します。
さいの木神社の由緒
さいの木神社の御由緒については、境内の石碑に次の通り書かれています。
さいの木神社
祭神 行者神変大菩薩
合祀 西尾六右衛門(山口村庄屋)
澤田久左衛門(大道村庄屋)
一柳太郎兵衛(新家村庄屋)
徳川四代将軍家綱の代 低湿地の西成郡二十三ヶ村が淀川洪水のたび荒廃した 疲弊した農民を救うため封建の世に一介の庄屋の身を犠牲にし京都郡代所の反対をおして延宝六年四月八日中島大水道の掘さくを完成 その責を負ひ当地にて自決され農民の神として当地の発展に寄与さる その遺徳を讃え当社に合祀
中島大水道とは
中島大水道とは、西成郡増島村(大阪市東淀川区)の新太郎松桶から申新田(大阪市此花区)までを結ぶ延長9.5キロメートルの排水路で、江戸時代の延宝6年(1678)に完成しました。これらの地区を総称して中島地区といいますが、低地にあり大雨のたびに悪水が滞留し、農業の支障になっていました。住民たちは幕府に排水路開削を願い出ますが、多額の費用がかかるため公儀普請(幕府の公費による工事)とはならず、百姓普請(百姓の自己負担による工事)となりました。工事の中心となった3庄屋は、幕府に無許可のまま工事を開始し、その責任を負って切腹したともいいます。(参考:村松 風洽『義民のあしあと』 https://gimin.travelogues.jp/w10/)